ほっしーのおひとり様を楽しむブログ

おひとり様でも楽しく元気に! ひとりでも楽しめることや、家族のこと、介護職の経験談など、思うことを何でも書いています

2020-07-01から1ヶ月間の記事一覧

ひとりランチ 「津の田ミート」

ひとりカフェもいいけれど、時々はひとりランチも楽しんでいる。 津の田ミート 2010年7月に、尼崎の商業施設「つかしん」内に1号店をオープン。 その後 神戸、川西、高槻、など関西に9店舗をオープンし、成長している 手作りハンバーグと和牛ステーキ…

介護士のつぶやき(9)夜勤の思い出

介護士としていろいろな施設で仕事をしてきた。 今は病院で看護助手として働いている。 介護の技術が役に立つことも多いが、なかなか大変である。 患者を動かすにもいろいろな管がつながっているので、慎重に対応しなくてはならな く、看護師でないとしては…

ひとりカフェ お気に入りは「星乃珈琲」

仕事休みの日、買い物の後などに一人で、コーヒーや軽食を食べてくつろぐことがあ る。 若者に人気の「スターバックス」等は落ち着かない。 ひとりでも抵抗なく入れるお店として、今の私のお気に入りは 星乃珈琲 川西市「モザイクボックス」内の店舗 とても…

馴染みのお店「ろん」再開

私の趣味のひとつに「ギターで弾き語り」がある。 だからブログアイコンもこれ↓ 一緒に音楽を楽しむ友達もたくさんいるが、新型コロナウイルスの影響で、人前で 歌う、ということは出来なくなっていた。「ライブ」自粛。 「ライブ」といってもただの趣味だか…

介護士になるきっかけをくれた母の話 ⑥

これは14年前に亡くなった母のことを思い出して書いています。 <前回の続き>No6 母の意識がなくなる 突然右麻痺が出て、話すこともできなくなった母だったが、こちらの言う ことは聞こえているようだった。しばらくは、こちらの声かけにしっかり反応も…

介護士になるきっかけをくれた母の話 ⑤

これは14年前に亡くなった母のことを思い出して書いています。 <前回の続き>No5 母の体調が良くなる 母が家の近くの病院に来てから、ほぼ毎日顔を見に行っていた。 職場は駅に直結しているショッピングセンター内だったので病院は家と 職場の中間点にあ…

介護士になるきっかけをくれた母の話 ④

これは14年前に亡くなった母のことを思い出して書いています。 <前回の続き> 病院探し 普通の総合病院では母の受け入れは叶わなかったが、そこの相談員の方がいろ いろと教えてくださった。そこで初めて「療養病棟」というものがあるのを知る。 普通の病…

介護士になるきっかけをくれた母の話 ③

これは14年前に亡くなった母のことを思い出して書いています。 <前回の続き> 精神科に入院した母 母が精神科の病棟に入ってしばらくしてから、兄弟全員で面会にいった。 点滴してもらい、食事もちゃんと3食出るので、少し元気になったようだ が、面会室…

介護士になるきっかけをくれた母の話 ②

<前回の続き> 認知症になってもひとり暮らしを続ける母 アルツハイマーと診断されてからも2年程はなんとか1人暮らしを続けていた。足腰は丈夫だったので自転車に乗って近くのスーパーまで買い物に行き、食料を 買ってくる母。料理はほとんどできなくなり…

介護士になるきっかけをくれた母の話

前回のブログでも書いたが、孫が出来てからよく母のことを思い出すようになった。 それ以前でも子供の就職や結婚などのタイミングで、自分の時にいろいろしてくれたこ とをよく思い出す。 私に介護士の仕事を与えてくれたのも母の影響だった。 そんな母の話…

孫は目に入れたら痛い

孫フィーバー よく「孫は目に入れても痛くない」と言われ、子供より孫を可愛がる人は多いらしい。 「孫フィーバー」という言葉もあり。孫が生まれたとたんに舞い上がり、孫の世話をし たがるおばあちゃん。 自分の娘が産んだ子ならお世話するのも、お互いに…

「株主優待」と「配当金」で株を楽しむ

ゼロから始める「株」入門 おひとり様を楽しむためには「お金」が必要。 実は私、3年程前から「株」を購入している。 全くの素人でよくわからないながら、1冊の本を読んだだけで買ってしまった(^^;) がむしゃらに働いて、本業以外にも休みの日にアルバイト…

おひとり様になって3年になりました

ひとり暮らし3年経過 息子たちが次々家を出て独立し、最後に三男が家を出てから、3年が経った。 2017年7月 付き合っている彼女と同棲するための引っ越しだった。 さすがに淋しさはあったけど、仕事も大変な時で、 「やれやれこれで仕事と自分のことだけに…

「死に方」を考える

なんとも物騒なタイトルになってしまったが、常々考えていたことをついに書いてみる ことにした。 病院勤務になってから、「死」ということをよく考えるようになった。 老人介護施設勤務のときも、人が老いて「死」に向かっていく姿をみるのはつらかった が…